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原作の美しく精緻な描き方に比べて、余りにも見劣りがする ・・・ という
理由で、一応の人気は博したものの、元々のファンの間で今一つ評価の
芳しくない TV アニメ、 「 幻想魔伝 最遊記 」 でしたが、わたしがそれを
中心に話を進めていて、「 稚拙な絵でピーヒャラやっていたこの版が
一番好き 」 だと時々書いていたのには、基本的なキャラクタの設定に
大きな差があったからです。
アニメ版の、この悟空の笑顔が意味するものが、その違いの部分。
この部分の差は、全体を通しても、原作とアニメ版の最も大きな違いの
一つとなっています。
こういう流れの中に出てきます。


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八戒 ( この時点での猪悟能。以下同様。) が、三蔵と悟空から逃れた
あと、彼の虐殺で家族を失った妖怪に襲われるという場面です。

悟空が空から降るようにして八戒を押し潰してまで止めたのは、八戒の
自虐行為でした。
原作でもやはり、この時点では味方でも友人でもなかったはずの悟空が
同じようにして八戒を救っています。
しかしそれは、八戒が自らの右目を刳り貫 (くりぬ) いて、相手に投げ
与えた後であり、悟空が何とか護ったのは、更に続けて抉 (えぐ) り取ろ
うとしていた左目や、命そのものというタイミングであったのです。

原作では失った女性との関係がアニメ版よりも深かった上に、その後
八戒が大量虐殺したという相手もまた、多少異なります。
哀れだとか、止むを得ずと呼んで赦せる範囲を逸脱しており、そのことが
悟浄の家での穏やかな療養生活を経て、正気に戻っていたであろう八戒
を苦しめ始めていた頃に、件の妖怪に追い付かれてしまったのでしょう。
( いっそのこと、ギンギンに狂い切って、煮えくり返っている時に出遭え
ば問題無かったろうに! ・・・ とわたしは思いましたが!)

確かにね、このシーン一つだけを単独で論じるなら、どちらに転んでも
物語としてはそれで良い気はします。
原作の八戒には、片目くらい失わないと先に進めないような要素が多く
あったでしょうから。
ここまで陰惨に対応されて、相手の妖怪が一瞬引いてしまったことで、
結果的には、時間が稼げて助けが入ったとも言えますし、三仏神とやら
の裁きにしても、如何に 「 仏道は無殺生 」 とは言え、これほど早い時期
の放免は有り得なかったでしょうから、自らの手で眼球を抉 (えぐ) り
出したことが、ある種の贖罪として計上されているのかも知れません。

しかも、もし、妖怪に出遭わず、目を抉ることも無く、三蔵・悟空たちに
追い付かれもせずに、無事に目的地まで辿り着いていたとしたら ・・・ と
考えたとしても、結果はやはり同じであって、この時の八戒の目指して
いたものは、恋人の傍らでの死であったでしょうから、いずれにしても、
生き延びる要素など無かった筈でした。
こういった状況と照らし合わせれば、己が目を抉り、追跡者に庇われて
までして、為す術無く捕えられることが、最終的に彼に残された唯一の
生存の可能性であったことになります。
正に身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ ・・・ を地でいっていた感じでした。

ですから、このシーン自体がそれほど嫌いという訳でもないし、これは
これで、話を漫画とも思えないほどに起伏のあるものにし、複雑な心理
を描き出すのにも一役買っているとは思います。
それでも、そこまでの複雑さが是非とも必要であったかどうかに疑問が
残ってしまうのです。
身体の一部を喪失しているという設定にまでしてしまうと、キャラクタ
そのもののパーソナリティにも影響が出てしまい、その後の話にも、常に
暗い影を落とし続けるような気がして、そこの所が重苦しいんですよね。

普通に、「 普段ほんわか兄ちゃんなのが、切れると怖い 」 と見ていれば
切れたときの切れようにも、それ以外の四六時中笑顔の人物との落差
を感じて単純に楽しめるものを、その根底に暗く毒を帯びた破滅嗜好が
あるかと思うと、素直には笑う気になれません。

原作・アニメ版共に、場面によっては、ふっ切れているような台詞を何度
も口にし、過去との決別を宣言しているにも関わらず、何度立ち直りを
暗示するエピソードを経ても、何時までも刹那的で、未来が信じ切れず、
いとも簡単に命を失おうとする場面が目立ち過ぎます。
( 多くはそれが自己犠牲という形で、寧ろ 「 優しさ 」 の一種として描かれ
ているのですが、それにしても ・・・。)
「 生きよう 」 という台詞の頭から、どうしても 「 もう少しだけ 」 という言葉
が消えて無くならない人物です。

こうした、後の物語の展開を考えれば、やはりこの場面では、負傷だけで
身体の欠損は描かれないまま通り過ぎた方が良かったのではないかと
考えてしまいます。
お子様向きと言われればそうなのですが、大甘の判定を採用した方が、
少なくとも物語開始当初、ある程度力を入れて描こうとしていた、前世の
因縁もより鮮明に浮き出せた筈です。

八戒を救った悟空ですが、実際のソウルメイト (?) として描かれている
三蔵ですら、悟空の魂の純粋さには惹かれていたものの、読み書きを
仕込んでおく、といった生きるための技術を与えることには無関心でした。
そのため、必要以上に粗野で素性卑しく見られがちな悟空を、最初から
一人前に扱い、読み書きの技術をも授けたのが、前世での八戒であった
という前世譚があります。
ならばいっそ、その悟空に、まだ追跡者の一人でしかなかった時期に
救われて、本来赦され得ないところまで、大甘に赦された ・・・ とする
方が、前世の縁 (えにし) を感じて気持ちが良い気がするのです。

八戒の釈放後も、旅に出てからも、この八戒と悟空の先生と生徒の様な
関係は続きます。
( 旅行前の悟浄との同居時代に、またもや八戒は悟空に読み書きを
教えています。)
当初のテーマが、生まれ変わって何度でも出会い関わってゆく魂たちで
あったことを思うと、こういった情けの掛け方、赦され方があって良いの
では?とわたしには思えます。

尤も ・・・。
このエピソード以前に、八戒が妖怪に転生していた事実は消し去りようが
無いわけですから、マイナス波動とやらが充満し、妖怪にとって希望の
持てないこの物語世界の中で、話が進めば進むほど、暗く深刻になって
ゆくのは、どうしようもないようです。
長く続いてゆく物語の常として徐々に起きてくる、作風や設定の変質に
晒され続ければ、後の方ともなれば、もう片目の有る無しくらい、それ
こそ、どちらがどうでも良いくらいになって行くのですが ・・・。

ですからまぁ、こういうことはこのエピソードの時点と、その後先辺りでの
感想でしかありません。
地獄・極楽共に信じておらず、そんなものは現世で裏切り行為をする際
の言い訳だろうくらいに思っているわたしの、せめてもの願いが、何処
かに、赦しとか救いの感じられる縁でもあってくれれば ・・・ ということで
あるに過ぎないようですね。

言い換えれば、漫画を離れた現実生活だけでも充分に鬱陶しいのに、
架空の人物にまで救いの無い状況を抱え込んでいて欲しくなどないと
いうところなんですけれど!


■■□―――――――――――――――――――□■■


参照サイト :
http://en.wikipedia.org/wiki/Saiyuki_(manga)
http://en.wikipedia.org/wiki/Cho_Hakkai_%28Saiyuki%29

ストーリーの確認等々は、こちらを参考にしています。
日本語サイトでは、八戒の名が上がる度に、「 やおい 」 がどうこうと、
しつこく取り沙汰されるか、さもなくば、つっこみがどうした、便所サンダル
がどうしたから、一歩も離れられないようなので仕方なく ・・・ ですが。
しかし、それとは対照的に、外人さんは外人さんで、心理分析とか、哲学
的考察、行動パターンの論理的分解みたいなのがお好きなようで ・・・。
これはこれで、やはり設定の複雑な八戒が、良い材料にされてしまう
のな~!
つくづく救いの無いキャラクタですこと!!

でもまぁ、↓ ↓ ↓ こういう捉え方をも、素直にというか無邪気にというか、
書き著せるところは、羨ましいくらいかも知れません。

・・・ and together the four of them continue on to Hyakugan Maou's castle only to find it burnt to the ground, Kanan's corpse lost forever. "I couldn't save her again." Gonou falls to his knees, and at Gojyo's insistence Genjo Sanzo recites a sutra, though before he does he states that "when I read a sutra... It's not for the dead." Which really introduces the theme of Saiyuki, to live. The light of the sun comes up, showing Gonou that he still has a chance to continue his life.
 
 
 
 
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「生存者」 ~ 蛙灰皿秘話 ~
 2008/11/11

「憐情」
 2008/10/16

「行くな!」君去りし後裏返し編
 2008/09/21

「風車」
 2008/09/04

「贈物」
 2008/08/27


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