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* 映画 「 レッド・クリフ 」 公開の所為か、こちらにも
この本の検索が入るようになりましたので、
別ブログに載せていた感想文を持って来てしまいました。
( ここでは、以前に 「 お笑い 」 に使用してしまいました。)
今年の1月に掲載していたものです。

私説三国志 天の華・地の風 1巻 私説三国志 天の華・地の風 2巻
「 私説 」 の名の通り、三国志に登場する英雄たちに、特に心理面での独自解釈を加えた小説です。
これが、通称 「 江森三国志 」 と呼ばれるものであり、知られていないと言うよりは、「 とんでも本 」 として知られているといった方が適切かも知れません。
その独自解釈の、独自 ・・・ の部分を、諸葛孔明が同性愛者であったとしている点が、「 とんでも 」 と呼ばれる所以です。
BLものでもある程度メジャーになれると証明して見せた作品の先駆けと言うか、やおいの一種と言うのか、精々好意的に表現するなら、「 三国志を耽美的に描いています。」 とでもなるのでしょうか?
これまで、名前だけは知っていたのですが、「 腹癒せ紛れ 」 に何かしたり、「 おどおどしい 」 妖怪が出て来たりする、とんでもない日本語を操りながら、セックスシーンだけを事細かに、延々描き続ける、「 あいつら 」 の元祖なのか?・・・ という認識であったため、敢えて読まずに避けて来たものです。
その気が変わったのは、昨年の6月に長らく廃刊になっていたこの小説が全10巻の完全版となって、fukkan.com から復刊され、それを歓迎する声とか、書評があちこちで見掛けられるようになったからでした。
出版社曰く、
「 深く掘り下げられた登場人物の巧みな心理描写によって、歴史小説としての読み応えも充分となっています。」
読者レビューにも、
「 吉川三国志や北方三国志もいいですが、それとは全く別の次元にあって、緻密で繊細で何より感動的な三国志です。」
「 三国志正史及び演義に関する知識はもちろんのこと、当時の政治情勢、地勢、風俗、経済、産業等についても非常に綿密に考証されており、歴史小説としてかなり読み応えがある。実際のところ濡れ場の分量もそれほど多くはなく、描写も露骨なものではないので、ホモセクシュアルという一点にこだわって読まずにいるとしたら、大いなる損失だ。読むべし。」
などと好意的であると共に、「 物書き 」 としての手腕を称えるものがずらりと並び、そうか、読む価値が有るものなのか ・・・ と信じたからでした。
ま、結論から言ってしまうと、そこまで賞賛されるほどの力量は感じ取れませんでした。 ̄(=∵=) ̄
「 流れるような精緻な文体 」 という声も有りましたが、確かに意識せずとも基本的に七五調が取れ、字足らずにはもう一つ形容詞を重ねてでも、流れを優先出来る人なのだろうな、と感じさせる点は有ったものの、精緻とか巧みと言える文体ではなく、リズム感以外殆ど評価出来ません。
物語の舞台が1800年の昔とあって、作者としては、どうやら日本語で書くにしても、古典調を取りたいらしいのですが、結局の所、この部分で大きく躓いていると思います。
この雰囲気に拘る余りか、そう難しい文章を自在に操れる作家とも思えないのに、局所的に難解な単語が入れ混ざり、その癖それを充分には使いこなせておらず、所々用法が間違っている上、合っていてもその他の部分との均衡が取れていません。
中でも括弧書きの台詞部分が明らかにおかしく、1800年の昔を日本の古典調で表現することによって、時代の匂いを醸し出そうとした目論見は成功しているとは言い難いようです。
武将の言葉の一部が時々現代文になっていて興ざめすることが多く、一部に相手・他人の所作を謙譲語で表現してあるところまで見掛けられます。
また、格上から格下への言葉として、「 ・・・ したまえ 」 と出てくるのも考えものです。
気軽な話し掛けの言葉として、「 たまえ 」 が出てくるのは江戸後期以降。
上司の命令として偉そうに使われたのなどは、ごくごく最近で、古典での 「 ・・・ 給え 」 は、神仏に祈る時の言葉や、格上の者への話し掛けです。
そのため、これが出て来るたびに妙に現代に引き戻されてしまいます。
武将たちより更に悲惨であったのは、女性陣の言葉使いで、こちらはもっと滅茶苦茶です。
「 ・・・ ですわ 」 まで登場する有様で、だったら全部現代文で書けよっ!と思ってしまいました。
多分同じ理由で使っていると思われる幾つかの難解な漢字にも余り賛成は出来ませんでしたが、これはまぁ、間違いとも言えず、好みの問題でしょうか?
諸葛孔明が同性愛者だという点には、別に不満はありません。
道徳に厳しい時代であったと言いますが、昔であれば厳しい建前と共に、存外大らかな本音も存在したでしょうし、戦場を舞台にしているとあっては、それもアリかな、とも思います。
いや、それどころか、周瑜公瑾との描かれ方は結構気に入りました。
『 三国志演義 』 での周瑜は、諸葛亮に翻弄され続ける損な役回りを負わされた挙句、臨終の際にも諸葛亮からの挑発的な書状を読み、「 天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ 」 と血を吐いて憤死するという哀れな扱いになっていますが、京劇において 「 美周郎 」 のあだ名の通り、二枚目が演じる役となっている周瑜ですから、こういう最後の方が、華があって良いのではないかと ・・・。( ← おいおい!)
孔明の側から見ても、自分が惹かれ捉われたからこそ、それを解き放ちたいというだけの理由で、相手を毒殺してしまう辺りが自己中心的で、冷徹な孔明らしく描かれており、良くも悪くも似合っていると感じたものです。
( 尤も、そう感じた故に、後の魏延との関係は、ちょっとね ・・・ 戴けません!)
そのこと以外にも、人物描写はそれぞれ斬新で面白かったと思います。
これまでの三国志に描かれた英雄たちが、聖人君子の類であったのに比して、江森三国志の登場人物はみな人間臭く、葛藤や弱点を抱え込みながら生きています。
( 主人公の諸葛亮には、それが多過ぎますが。)
英雄と言えども木や石で出来ている訳ではあるまいし、そうそう何時も格好良く、見せ場を作りながら人生を送って来た筈が無い、という思いから、欠点ごと描かれた方が、より現実味が有るように感じるのですがどうでしょう?
そういえば、昔、北野武さんの演って見せた赤穂浪士も気に入ったことがありましたから、男たちの群像が完全無欠の英雄の集まりである ・・・ などという非現実的な描かれ方が嫌いなのかも知れません。
斬新な心理描写に、テンポの良い文章、そこそこの背景描写 ・・・ であれば、この三国志自体には、もっと良い点を付け、賞賛しても良さそうなものだと自分でも思うのですが、そう出来ないのは、結局のところ、彼女の三国志が、現在ネットと同人誌に氾濫している 「 やおいSS 」 の先駆けとなったからでしょう。
江森氏自身が、今の女の子ほどに滅茶苦茶を書いていたという意味ではないのですが、歴史小説ということもあって、顰めつらしく書き過ぎているのが、そっくりお手本にされているのを時折見掛けます。
体言止めの多用も、戯曲のト書きじゃあるまいし、と思いますが、それぞれの単語をそれに呼応した正しい述語で受け取る必要が無い所為か、今本当にこれを連続的に繰り出す人が多いですよね!
そういった後継者たち(?)に対する印象が、非常に悪いために、評価出来ないのだと、自分でも思いました。
やはりこの三国志、話の種には良くても、真面目に読むものではないという気がしますね。
そうそう ・・・ ストーリーの運びですが、赤壁の戦いを描いた1巻は文句無く爽快で面白いのですが、2巻で劉備陣営内部の権力闘争が取り上げられて一気にどろどろし始め、以降は相手を変えつつ、多かれ少なかれ権力争いが続いてゆき、戦闘描写が少ない分だけ、泥仕合が際立つ感じです。
戦国時代のお話なので、陰謀・策略は普通なのでしょうが、ここで描かれる生身の孔明に限っては、ちょっと重苦しい気がしてしまいます。
ああ成る程。
英雄が鉄ででも出来ていて感情の無い生き物であるかのように描かれると、クールで格好が良いというだけでなく、こういう場面で辛さを感じ難いという利点もあったな、と改めて納得した次第!
この本の検索が入るようになりましたので、
別ブログに載せていた感想文を持って来てしまいました。
( ここでは、以前に 「 お笑い 」 に使用してしまいました。)
今年の1月に掲載していたものです。


私説三国志 天の華・地の風 1巻 私説三国志 天の華・地の風 2巻
「 私説 」 の名の通り、三国志に登場する英雄たちに、特に心理面での独自解釈を加えた小説です。
これが、通称 「 江森三国志 」 と呼ばれるものであり、知られていないと言うよりは、「 とんでも本 」 として知られているといった方が適切かも知れません。
その独自解釈の、独自 ・・・ の部分を、諸葛孔明が同性愛者であったとしている点が、「 とんでも 」 と呼ばれる所以です。
BLものでもある程度メジャーになれると証明して見せた作品の先駆けと言うか、やおいの一種と言うのか、精々好意的に表現するなら、「 三国志を耽美的に描いています。」 とでもなるのでしょうか?
これまで、名前だけは知っていたのですが、「 腹癒せ紛れ 」 に何かしたり、「 おどおどしい 」 妖怪が出て来たりする、とんでもない日本語を操りながら、セックスシーンだけを事細かに、延々描き続ける、「 あいつら 」 の元祖なのか?・・・ という認識であったため、敢えて読まずに避けて来たものです。
その気が変わったのは、昨年の6月に長らく廃刊になっていたこの小説が全10巻の完全版となって、fukkan.com から復刊され、それを歓迎する声とか、書評があちこちで見掛けられるようになったからでした。
出版社曰く、
「 深く掘り下げられた登場人物の巧みな心理描写によって、歴史小説としての読み応えも充分となっています。」
読者レビューにも、
「 吉川三国志や北方三国志もいいですが、それとは全く別の次元にあって、緻密で繊細で何より感動的な三国志です。」
「 三国志正史及び演義に関する知識はもちろんのこと、当時の政治情勢、地勢、風俗、経済、産業等についても非常に綿密に考証されており、歴史小説としてかなり読み応えがある。実際のところ濡れ場の分量もそれほど多くはなく、描写も露骨なものではないので、ホモセクシュアルという一点にこだわって読まずにいるとしたら、大いなる損失だ。読むべし。」
などと好意的であると共に、「 物書き 」 としての手腕を称えるものがずらりと並び、そうか、読む価値が有るものなのか ・・・ と信じたからでした。
ま、結論から言ってしまうと、そこまで賞賛されるほどの力量は感じ取れませんでした。 ̄(=∵=) ̄
「 流れるような精緻な文体 」 という声も有りましたが、確かに意識せずとも基本的に七五調が取れ、字足らずにはもう一つ形容詞を重ねてでも、流れを優先出来る人なのだろうな、と感じさせる点は有ったものの、精緻とか巧みと言える文体ではなく、リズム感以外殆ど評価出来ません。
物語の舞台が1800年の昔とあって、作者としては、どうやら日本語で書くにしても、古典調を取りたいらしいのですが、結局の所、この部分で大きく躓いていると思います。
この雰囲気に拘る余りか、そう難しい文章を自在に操れる作家とも思えないのに、局所的に難解な単語が入れ混ざり、その癖それを充分には使いこなせておらず、所々用法が間違っている上、合っていてもその他の部分との均衡が取れていません。
中でも括弧書きの台詞部分が明らかにおかしく、1800年の昔を日本の古典調で表現することによって、時代の匂いを醸し出そうとした目論見は成功しているとは言い難いようです。
武将の言葉の一部が時々現代文になっていて興ざめすることが多く、一部に相手・他人の所作を謙譲語で表現してあるところまで見掛けられます。
また、格上から格下への言葉として、「 ・・・ したまえ 」 と出てくるのも考えものです。
気軽な話し掛けの言葉として、「 たまえ 」 が出てくるのは江戸後期以降。
上司の命令として偉そうに使われたのなどは、ごくごく最近で、古典での 「 ・・・ 給え 」 は、神仏に祈る時の言葉や、格上の者への話し掛けです。
そのため、これが出て来るたびに妙に現代に引き戻されてしまいます。
武将たちより更に悲惨であったのは、女性陣の言葉使いで、こちらはもっと滅茶苦茶です。
「 ・・・ ですわ 」 まで登場する有様で、だったら全部現代文で書けよっ!と思ってしまいました。
多分同じ理由で使っていると思われる幾つかの難解な漢字にも余り賛成は出来ませんでしたが、これはまぁ、間違いとも言えず、好みの問題でしょうか?
諸葛孔明が同性愛者だという点には、別に不満はありません。
道徳に厳しい時代であったと言いますが、昔であれば厳しい建前と共に、存外大らかな本音も存在したでしょうし、戦場を舞台にしているとあっては、それもアリかな、とも思います。
いや、それどころか、周瑜公瑾との描かれ方は結構気に入りました。
『 三国志演義 』 での周瑜は、諸葛亮に翻弄され続ける損な役回りを負わされた挙句、臨終の際にも諸葛亮からの挑発的な書状を読み、「 天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ 」 と血を吐いて憤死するという哀れな扱いになっていますが、京劇において 「 美周郎 」 のあだ名の通り、二枚目が演じる役となっている周瑜ですから、こういう最後の方が、華があって良いのではないかと ・・・。( ← おいおい!)
孔明の側から見ても、自分が惹かれ捉われたからこそ、それを解き放ちたいというだけの理由で、相手を毒殺してしまう辺りが自己中心的で、冷徹な孔明らしく描かれており、良くも悪くも似合っていると感じたものです。
( 尤も、そう感じた故に、後の魏延との関係は、ちょっとね ・・・ 戴けません!)
そのこと以外にも、人物描写はそれぞれ斬新で面白かったと思います。
これまでの三国志に描かれた英雄たちが、聖人君子の類であったのに比して、江森三国志の登場人物はみな人間臭く、葛藤や弱点を抱え込みながら生きています。
( 主人公の諸葛亮には、それが多過ぎますが。)
英雄と言えども木や石で出来ている訳ではあるまいし、そうそう何時も格好良く、見せ場を作りながら人生を送って来た筈が無い、という思いから、欠点ごと描かれた方が、より現実味が有るように感じるのですがどうでしょう?
そういえば、昔、北野武さんの演って見せた赤穂浪士も気に入ったことがありましたから、男たちの群像が完全無欠の英雄の集まりである ・・・ などという非現実的な描かれ方が嫌いなのかも知れません。
斬新な心理描写に、テンポの良い文章、そこそこの背景描写 ・・・ であれば、この三国志自体には、もっと良い点を付け、賞賛しても良さそうなものだと自分でも思うのですが、そう出来ないのは、結局のところ、彼女の三国志が、現在ネットと同人誌に氾濫している 「 やおいSS 」 の先駆けとなったからでしょう。
江森氏自身が、今の女の子ほどに滅茶苦茶を書いていたという意味ではないのですが、歴史小説ということもあって、顰めつらしく書き過ぎているのが、そっくりお手本にされているのを時折見掛けます。
体言止めの多用も、戯曲のト書きじゃあるまいし、と思いますが、それぞれの単語をそれに呼応した正しい述語で受け取る必要が無い所為か、今本当にこれを連続的に繰り出す人が多いですよね!
そういった後継者たち(?)に対する印象が、非常に悪いために、評価出来ないのだと、自分でも思いました。
やはりこの三国志、話の種には良くても、真面目に読むものではないという気がしますね。
そうそう ・・・ ストーリーの運びですが、赤壁の戦いを描いた1巻は文句無く爽快で面白いのですが、2巻で劉備陣営内部の権力闘争が取り上げられて一気にどろどろし始め、以降は相手を変えつつ、多かれ少なかれ権力争いが続いてゆき、戦闘描写が少ない分だけ、泥仕合が際立つ感じです。
戦国時代のお話なので、陰謀・策略は普通なのでしょうが、ここで描かれる生身の孔明に限っては、ちょっと重苦しい気がしてしまいます。
ああ成る程。
英雄が鉄ででも出来ていて感情の無い生き物であるかのように描かれると、クールで格好が良いというだけでなく、こういう場面で辛さを感じ難いという利点もあったな、と改めて納得した次第!
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