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申し訳ありませんが、当サイトは只今更新停止中です。
宜しければ、下記のリンクを利用して、過去記事でも読んでやって下さい。

・ 内容は漫画&アニメの 『 最遊記 』 に関するものです。
・ テンプレートの画像で分かるかと思いますが(?)、悟浄 / 八戒と
  捲簾 / 天蓬に関する記述が多目です。
・ 故に、それに反感を持たれる方は閲覧を御遠慮下さい。
・ なお、停止中の事情の一部は、二次創作のメニューの一番最後に
  載せていますが、読まれても大して参考にはなるまいと思います。


【 リンク 】

名言・迷言 / 幻想魔伝 最遊記
     http://akira1.blog.shinobi.jp/Category/0/

最遊記シリーズ
     http://akira1.blog.shinobi.jp/Category/4/

二次創作 ( 小説もどき )
     http://nachan.iza-yoi.net/index2.html

文章倉庫 ( お笑い )
     http://akira1.blog.shinobi.jp/Category/8/

番外編を集めています。
     http://akira1.blog.shinobi.jp/Category/7/

最遊記キャラから100の質問
     http://file.akira1.blog.shinobi.jp/saiQ100.html

最遊記・最遊記外伝 関連商品
     http://astore.amazon.co.jp/akilasjugemjp-22


* なお、ページ送りには、ページ下段の

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「 次のページ>> 」 をクリックして読み進んで下さい。
 
 
 
 
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2008年 06月 29日に注文した筈の、
SAIYUKI RELOAD Death match +α
 ① Death Match
 ② 目指せ!天下一
 ③ Petit burial
の短編3本のドラマCDが、今日 ( 12月 12日 ) やっと届けられました。
確か当初、9月発売の予定だったことを思えば、素晴らしい遅れ具合です。

そう言えば、7月 28日に申し込んだ筈の Salty-dog Ⅴと、コミックス 9巻の特典 3つも梨の礫。
その後、全く音沙汰無しのまんまです。
その癖、料金は悉く前払い ( しかも、送料・送金料を考えると、かなり割高!) だし、この出版社は何を考えているのやら。
・・・ って、何にも考えていないからこそ、こういう商売になるのかな? ・゚゚・(>_<;)・゚゚・。


salty-dog 5 最遊記RELOAD 9 (9) (IDコミックス ZERO-SUMコミックス) (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)
salty-dog 5        最遊記RELOAD 9 (9)


ま、取敢えず、やっと届いたCDドラマは、週末に聴いてみるつもりです。


■■□―――――――――――――――――――□■■ 


色々あって、ここはもう暫らくお休みにします。
( 只今、最遊記恐怖症気味です。)
その内戻ると思います。 ・・・ 多分!
 
 
 
 
お断り :

事情が出来まして、当ブログの 「 御用の方は ・・・ 」 は、当面外させて頂きます。
以降、何かございましたら、姉妹サイト http://akilas.jugem.jp/ の方に御連絡を頂きたいと存じます。

その場合、どの記事でも結構ですので、適当なコメント欄を御利用下さい。
( 記事の内容への配慮は御無用です。)


お願い :

最近にコメントを下さった方には、申し訳ないと思っております。
間違っても、自分の所為ではないかなどと、お考えになりませんように!

抱え込んでいる事情とは、迷うことなく 「 当然に自分だ!」 と分かる内容のもので、ハンドルすら記載の無い、全く無記名のメールです。

なお、メールフォームは駄目で、コメントでならどうぞ、というのも不審に思われるかも知れませんが、つまり周囲の目が無いと、人は何でも言うという、そんなことですので、悪しからず御了承願います。
 
 
 
 
前回、仕事時間を気にして、えらく端折ってしまった、最遊記外伝 第三十話 ( WARD 2008年11月号 : 2008/09/16 発売分 ) の感想の書き直し編です。

単純にストーリーを説明すると言うより、自分で視点を決め、その前の捲簾の最期に絡めて、わたしなりにエッセイ風に書いてみましたが、当然にネタバレは有りますので、未だ読んでおられない方は御注意下さい。


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この回までで、一応、天蓬元帥と捲簾大将とが、外伝の舞台から ( 想い出としては兎も角、物理的には ) 消えてしまったわけですが、それにしても 『 死ななければ、現世編に繋がらない 』 と得心して読んでいてさえ、共に何とも、無慈悲で悲惨な死に方であったという感想でした。

先ず何と言っても、仲が良さそうで、息が合っていた二人が、同じ場所で死ねなかったということ。
( 今、此処で、『 分かり合った二人だからこそ、各々の役割を果たしたのだ。 敢えて共に逝く必要は無く、二人ともそれを望む甘ったれでは無かった 』 ・・・ なぁんて、言わないで下さいよ?
以降もそうですが、一般的な認識に基づいているつもりですので!)

普通に考えて、縁の深かった二人ですから、一緒に逝くとか、せめてどちらかがどちらかを看取って欲しかったと思います。
ま、そうなると分かっていて、軽く離脱を許した天蓬、笑って残った捲簾共に、覚悟を決めてのことだったのでしょうから、結局は先に書いた括弧書きの通りだったのかも知れませんが、それにしても、それは二人が必要に迫られた挙句、取った行動であり、望んでしたことではなかったろうことを考えると、尚更に哀れな気がします。

理論的に、『 こちらが正しい 』 と気付いてさえおれば感情には流されない、意地っ張り同士の付き合いであったのでしょう。
外伝第三巻で、天蓬に反駁した元部下、円雷の台詞に、「 何のことはない 巫山戯(ふざけ)た者同士気が合ったという事か 」 というのがありましたが、いや、実は、片や天然ボケ、片やおちゃらけ ・・・ 普段他人に見せていた、こんな姿とは違う実態を持っていた者同士で気を合わせて、馴染んでいったのかも知れない。 わたしには、そんな風に思えたものです。

それで、出遭ってからそう日にちも経っていなかったにも関わらず、短い間に気の合った友人同士となり、捲簾が先に関わってしまったトラブルに、天蓬がいとも簡単に参加して命を懸けてしまった ・・・。
きっと、人に馴染み難いと言いながら周囲に笑顔を振り撒いてきた天蓬にしても、態度と言葉は乱暴ながら、人懐っこく冗談の多かった捲簾にしても、同じくらい、本性を見せて付き合える友人に飢えていたのでしょう。
二人が二人とも、軍隊などという集団生活で、人に囲まれるようにして生きて来ていながら、存外孤独な魂を癒せずにいた、似た者同士であったのではないか、と思いました。


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更に、両者とも、世に言う 『 眠るように安らかに息を引き取って 』 とは、凡そほど遠い、凄惨な死を迎えています。
捲簾は巨大熊 ( 哪吁零号機?) に食われるという、即死にすらなれない状況。
天蓬も、体から零れ出た内臓を引き摺って歩くという始末。 それでもなお責任感から開放されず、手の指で床を引き寄せるように前に進もうとした ・・・ そんな、天蓬らしいといえばらしい、凄惨な死に方をしてしまいます。
世の中には、もうちょっと楽な死に方だって、沢山あるだろうに、何で子供相手にこんな死に方を見せる? ・・・ と、そう思わざるを得ませんでした。

ただ、わたしも望んだように、作者もまた、そこに幾つかの救済を書き込んだ様子だけは、見て取れました。
捲簾が、音と気配だけの情報とは言え、敖潤にその死に様を知って貰えたこと以外にも、
二人共が、精神的にはそれで充実していたらしい ・・・ つまり、客観的にでなく、主観的には安らかで穏やかな死であったと ( 強引に ) してしまって、逃げを打ったらしいのです。

捲簾は、自分が哪吁零号機の生存の糧になり得たと想像し、「 生きて生きて生きて生き抜いてやれ!!!」 の思いを天蓬たちに託し、その姿を想像しながら食われてしまいます。
その際、先へ逃がした三人を思い浮かべているのですが、一番親しかった筈の天蓬だけが、「 またな 」 という台詞はあるものの、足とか後姿だけなんです。
先まで読み進んで、直ぐに天蓬が後を追ったところから逆算すれば、まるで捲簾が、『 少なくともこいつとだけは、また直ぐに会える 』 と分かっていたかのようでした。

そして、ちゃんとした前からの姿さえ描かれなかった天蓬は、成る程、その後もまるで、捲簾とずっと行動を共にしているかのように振舞い続けます。
しかも、想像の中では、二人が常に、何も事の起きなかった日々の穏やかな日常に居るように感じているのです。

物語中にも登場した、出会って間もない頃の、
――― あんたにとって 生きてるって感じんのはどんな時
煙草が美味しいと思う瞬間ですかね
…… ははッ 違いねぇや
って奴とか、その後の交流の中であったと思われる、
…… あれ どこやったかなヘアゴム
あ ――― そうだ 軍服のポケットかあ
… ポケットの中に物入れたまま クリーニングに出すと怒られるんですよねぇ

・・・ などという、ごくごく平凡な場面を天蓬は思い出し続けるのでした。

しかし、捲簾の熊に対して、自身を糧として云々という理屈と同様に、これらはあくまでも天蓬の主観であって、客観的には冷徹な表情を浮かべ、顔に刃物が当たろうと全く動じず、鬼神のような戦い振りを披露し続けています。
その中で、想像しているのもやはり、
――― あ そうだ
買い置きの即席ラーメン 食べるの忘れてた

トイレの電球切れてたし
――― あの本、どこまで読んだっけ?
・・・ 卑近な、と評して良いほどの平々凡々たる日常生活。

……… あーあ、眼鏡。
だいぶ前にスペア買っておいた筈だけど そういや最近見かけなかったな
――― まぁ そのうち出て来るか
いつものようにあの人が、僕の部屋を 掃除してくれた時にでも
ここで読者に、二巻で出て来た捲簾の世話女房のような生活が、幕間にも続いていたことが知らされるのですが、またしても、それは凡庸な日常のひとコマです。


更に、力尽き、倒れて後の死の間際に、天蓬は、これまでの会話ではなく、その戦闘が終わって自室に戻り、何時もの煙草吸い吸いの無駄話をしている場面を見ていたようです。
………… …待たせ、しました
と、妙に何を見ているのかが読者に良く分かる台詞に始まり、
…… ええ、大丈夫ですよ
そうなんです、眼鏡壊されちゃって。
――――― あれ 落としたかな …… すみませんライター貸してもらえます?

描かれている絵は既に、実際に倒れこんだ天蓬から離れ、爆破で壊れてはいるものの、何時もの執務室になっています。
捲簾と二人で煙草を吸う際に使っていた蛙灰皿にひびが入り ・・・。

…………… ふ …
――――― え? ああ、いえね
煙草が美味しいなぁと思って

ああ、結局二人は、意識の中ではずうっと一緒に居たんだな!とか、
だから、今生の別れであろうという時にさえ、あんなに突き放したような冷淡さだったのか!!
と、改めて思ってしまいました。 ← (ーー;).。oO ( 単細胞!!)


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こういった客観的に陰惨と呼べる死に対して、ある意味、これを無理矢理に綺麗な最期として描いているとは思います。
この場合、天蓬の客観視はある時点で早々と放棄して、主観に物語を譲ってしまっているのです。

わたしが自分で勝手に 『 ホテル・ニューハンプシャー方式 』 と命名している手法ですが、別にそれで哀しさが軽減されるわけでもなく、結果が変わる訳でもないのに、何となく救いを見い出せる気がして、ほっと出来ると思われませんか?
『 ホテル・ニューハンプシャー 』 では、短い間に次々に家族を亡くした一家の生き残り&負傷組が、新しく買ったホテル ( 最早客を呼ぶことも叶わず、単に広過ぎる屋敷となっている ) に、そうなる前の家族・友人が全員揃い、生者・死者が入り混じって共に集い、楽しげに語り合い、笑い転げているシーンで終わります。

また、『 シド・アンド・ナンシー 』 という映画も、麻薬事故で情けない死に方をしたナンシーと、薬の影響と共にこの世に残されて呆然とするシドが、同じように楽しそうに微笑み合ってダンスするシーンをラストに選んでいます。
本来、有り得ないのだけれど、見るものの大半がそれで納得してしまい、わたしならずとも歓迎する向きが多いということでしょう。
過去映画の中では、この手法が度々用いられてきました。 ( 小説ではちょっと難しいが、漫画ならOKですよね。)

決して嫌いではない手法です。
ましてや、それが決して不幸ではなかった良い思い出に繋がっているとあっては、尚更でしょう。
実際には血みどろで戦っていたり、深手を負っていたり、姿が描かれぬまま部屋の描写になる ( 此処で多分こと切れていると思われる ) ものの、この時の天蓬の主観には、捲簾との穏やかな日常が未だ続いているかのような、そういう認識があったに違いありません。
この天蓬の最期にも、やはりある程度の納得と安堵を覚えました。


ところで ・・・。
救済を欲しがる読者や、オーディエンスのために、これまでの記述とは逆に、悲惨であり続けた生に対して、楽しげで安らかな死をもって来る作品も多いようですね。
『 フランダースの犬 』 など、その典型でしょうか?
最近では、『 あらしのよるに 』 も、その仲間だと知りました。

やはり、そのどちらかになった方が、気持ちが落ち着くように感じるのは、わたしが甘ったれだからなのでしょうか?
自分でも、時々、「 頭の中がお花畑~~♪」 だなどと、嘯いていますから、ま、そうなのでしょう。
でも、セックスという名の快感に置き換えられた、毎日が地獄の物語を延々描き続けるよりは、余程マシだとわたしは思います。

・・・ つか、そんなに毎日拷問もどきのセックスがしたいなら、自分がとっとと外に出て、そういうサド侯爵みたいな相手を探しゃいいだろうに、何だって、普通に描かれる男性二名を、無理矢理そう呼ばわるんでしょうね?
自分でやって、とっとと殺されて新聞沙汰にでもなっちまえってのっ!!


ゼロサム WARD (ワード) 2008年 11月号 [雑誌]    Comic ZERO-SUM (コミック ゼロサム) 2008年 11月号 [雑誌]
WARD 2008年 11月号  ZERO-SUM 11月号
 
 
 
 
  * 映画 「 レッド・クリフ 」 公開の所為か、こちらにも
    この本の検索が入るようになりましたので、
    別ブログに載せていた感想文を持って来てしまいました。
    ( ここでは、以前に 「 お笑い 」 に使用してしまいました。)
    今年の1月に掲載していたものです。


私説三国志 天の華・地の風 1巻 (fukkan.com)           私説三国志 天の華・地の風 2巻 (fukkan.com) (fukkan.com)

私説三国志 天の華・地の風 1巻 私説三国志 天の華・地の風 2巻


「 私説 」 の名の通り、三国志に登場する英雄たちに、特に心理面での独自解釈を加えた小説です。
これが、通称 「 江森三国志 」 と呼ばれるものであり、知られていないと言うよりは、「 とんでも本 」 として知られているといった方が適切かも知れません。

その独自解釈の、独自 ・・・ の部分を、諸葛孔明が同性愛者であったとしている点が、「 とんでも 」 と呼ばれる所以です。
BLものでもある程度メジャーになれると証明して見せた作品の先駆けと言うか、やおいの一種と言うのか、精々好意的に表現するなら、「 三国志を耽美的に描いています。」 とでもなるのでしょうか?

これまで、名前だけは知っていたのですが、「 腹癒せ紛れ 」 に何かしたり、「 おどおどしい 」 妖怪が出て来たりする、とんでもない日本語を操りながら、セックスシーンだけを事細かに、延々描き続ける、「 あいつら 」 の元祖なのか?・・・ という認識であったため、敢えて読まずに避けて来たものです。

その気が変わったのは、昨年の6月に長らく廃刊になっていたこの小説が全10巻の完全版となって、fukkan.com から復刊され、それを歓迎する声とか、書評があちこちで見掛けられるようになったからでした。

出版社曰く、
「 深く掘り下げられた登場人物の巧みな心理描写によって、歴史小説としての読み応えも充分となっています。」
読者レビューにも、
「 吉川三国志や北方三国志もいいですが、それとは全く別の次元にあって、緻密で繊細で何より感動的な三国志です。」
「 三国志正史及び演義に関する知識はもちろんのこと、当時の政治情勢、地勢、風俗、経済、産業等についても非常に綿密に考証されており、歴史小説としてかなり読み応えがある。実際のところ濡れ場の分量もそれほど多くはなく、描写も露骨なものではないので、ホモセクシュアルという一点にこだわって読まずにいるとしたら、大いなる損失だ。読むべし。」
などと好意的であると共に、「 物書き 」 としての手腕を称えるものがずらりと並び、そうか、読む価値が有るものなのか ・・・ と信じたからでした。


ま、結論から言ってしまうと、そこまで賞賛されるほどの力量は感じ取れませんでした。 ̄(=∵=) ̄

「 流れるような精緻な文体 」 という声も有りましたが、確かに意識せずとも基本的に七五調が取れ、字足らずにはもう一つ形容詞を重ねてでも、流れを優先出来る人なのだろうな、と感じさせる点は有ったものの、精緻とか巧みと言える文体ではなく、リズム感以外殆ど評価出来ません。

物語の舞台が1800年の昔とあって、作者としては、どうやら日本語で書くにしても、古典調を取りたいらしいのですが、結局の所、この部分で大きく躓いていると思います。
この雰囲気に拘る余りか、そう難しい文章を自在に操れる作家とも思えないのに、局所的に難解な単語が入れ混ざり、その癖それを充分には使いこなせておらず、所々用法が間違っている上、合っていてもその他の部分との均衡が取れていません。

中でも括弧書きの台詞部分が明らかにおかしく、1800年の昔を日本の古典調で表現することによって、時代の匂いを醸し出そうとした目論見は成功しているとは言い難いようです。
武将の言葉の一部が時々現代文になっていて興ざめすることが多く、一部に相手・他人の所作を謙譲語で表現してあるところまで見掛けられます。

また、格上から格下への言葉として、「 ・・・ したまえ 」 と出てくるのも考えものです。
気軽な話し掛けの言葉として、「 たまえ 」 が出てくるのは江戸後期以降。
上司の命令として偉そうに使われたのなどは、ごくごく最近で、古典での 「 ・・・ 給え 」 は、神仏に祈る時の言葉や、格上の者への話し掛けです。
そのため、これが出て来るたびに妙に現代に引き戻されてしまいます。

武将たちより更に悲惨であったのは、女性陣の言葉使いで、こちらはもっと滅茶苦茶です。
「 ・・・ ですわ 」 まで登場する有様で、だったら全部現代文で書けよっ!と思ってしまいました。

多分同じ理由で使っていると思われる幾つかの難解な漢字にも余り賛成は出来ませんでしたが、これはまぁ、間違いとも言えず、好みの問題でしょうか?

諸葛孔明が同性愛者だという点には、別に不満はありません。
道徳に厳しい時代であったと言いますが、昔であれば厳しい建前と共に、存外大らかな本音も存在したでしょうし、戦場を舞台にしているとあっては、それもアリかな、とも思います。

いや、それどころか、周瑜公瑾との描かれ方は結構気に入りました。
『 三国志演義 』 での周瑜は、諸葛亮に翻弄され続ける損な役回りを負わされた挙句、臨終の際にも諸葛亮からの挑発的な書状を読み、「 天はこの世に周瑜を生みながら、なぜ諸葛亮をも生んだのだ 」 と血を吐いて憤死するという哀れな扱いになっていますが、京劇において 「 美周郎 」 のあだ名の通り、二枚目が演じる役となっている周瑜ですから、こういう最後の方が、華があって良いのではないかと ・・・。( ← おいおい!)

孔明の側から見ても、自分が惹かれ捉われたからこそ、それを解き放ちたいというだけの理由で、相手を毒殺してしまう辺りが自己中心的で、冷徹な孔明らしく描かれており、良くも悪くも似合っていると感じたものです。
( 尤も、そう感じた故に、後の魏延との関係は、ちょっとね ・・・ 戴けません!)

そのこと以外にも、人物描写はそれぞれ斬新で面白かったと思います。
これまでの三国志に描かれた英雄たちが、聖人君子の類であったのに比して、江森三国志の登場人物はみな人間臭く、葛藤や弱点を抱え込みながら生きています。
( 主人公の諸葛亮には、それが多過ぎますが。)

英雄と言えども木や石で出来ている訳ではあるまいし、そうそう何時も格好良く、見せ場を作りながら人生を送って来た筈が無い、という思いから、欠点ごと描かれた方が、より現実味が有るように感じるのですがどうでしょう?
そういえば、昔、北野武さんの演って見せた赤穂浪士も気に入ったことがありましたから、男たちの群像が完全無欠の英雄の集まりである ・・・ などという非現実的な描かれ方が嫌いなのかも知れません。


斬新な心理描写に、テンポの良い文章、そこそこの背景描写 ・・・ であれば、この三国志自体には、もっと良い点を付け、賞賛しても良さそうなものだと自分でも思うのですが、そう出来ないのは、結局のところ、彼女の三国志が、現在ネットと同人誌に氾濫している 「 やおいSS 」 の先駆けとなったからでしょう。

江森氏自身が、今の女の子ほどに滅茶苦茶を書いていたという意味ではないのですが、歴史小説ということもあって、顰めつらしく書き過ぎているのが、そっくりお手本にされているのを時折見掛けます。
体言止めの多用も、戯曲のト書きじゃあるまいし、と思いますが、それぞれの単語をそれに呼応した正しい述語で受け取る必要が無い所為か、今本当にこれを連続的に繰り出す人が多いですよね!

そういった後継者たち(?)に対する印象が、非常に悪いために、評価出来ないのだと、自分でも思いました。
やはりこの三国志、話の種には良くても、真面目に読むものではないという気がしますね。


そうそう ・・・ ストーリーの運びですが、赤壁の戦いを描いた1巻は文句無く爽快で面白いのですが、2巻で劉備陣営内部の権力闘争が取り上げられて一気にどろどろし始め、以降は相手を変えつつ、多かれ少なかれ権力争いが続いてゆき、戦闘描写が少ない分だけ、泥仕合が際立つ感じです。
戦国時代のお話なので、陰謀・策略は普通なのでしょうが、ここで描かれる生身の孔明に限っては、ちょっと重苦しい気がしてしまいます。

ああ成る程。
英雄が鉄ででも出来ていて感情の無い生き物であるかのように描かれると、クールで格好が良いというだけでなく、こういう場面で辛さを感じ難いという利点もあったな、と改めて納得した次第!
 
 
 
 
新着情報
( このブログ以外の場所に置いており、下欄の 「 最新記事 」 に載らない内容です )

「生存者」 ~ 蛙灰皿秘話 ~
 2008/11/11

「憐情」
 2008/10/16

「行くな!」君去りし後裏返し編
 2008/09/21

「風車」
 2008/09/04

「贈物」
 2008/08/27


 ご訪問ありがとうございます。


 ここには、最遊記についての

 エッセイ、その他の雑文を

 置いて居ります。

 ブログには不向きなのですが

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 (。・・。)(。. .。)ウン
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